【書評紹介】
騎士とは過去の遺物ではない、時代を超えた理念であるのだ ―誰もが夢中になった「図鑑」が、大人の楽しみとして戻ってきたよう
『図書新聞』2011年6月25日号掲載
一條麻美子氏(東京大学准教授)
光り輝く甲冑を身にまとって馬に乗り、冒険を求めて諸国をさすらい、弱きを助け強気を挫き、神と主君と婦人に忠誠を捧げる勇敢な美丈夫。「騎士」はそれが歴史的な役割を終えてすでに数世紀の時を経てなお、また騎士を先祖に持つことのない日本人の我々にとっても身近なものである。なぜこれほどまでに中世ヨーロッパの騎士は、全世界の憧れの的となっているのだろうか。その疑問に答える本がこれである。
『騎士道百科図鑑』(原題は『歴史と伝説における騎士』)は、騎士の理念、日常、歴史、そして後世への影響を、一七人の研究者がまとめたものである。翻訳チームも歴史から芸術と多方面にわたる専門家が揃っており、読者は騎士について正確かつ広範な知識を手に入れることが出来る。騎士の城はどのように建てられていたのか、騎士になるにはどんな修行が必要だったのか、馬の装備は、鎧は、武器はと詳しい解説がなされ、また十字軍や百年戦争など、歴史の教科書ではざっとしか触れられない史実が、中世のスターたち(獅子心王リチャードやジャンヌ・ダルクなど)を主人公とする胸躍る物語として繰り広げられる。どのページを開いても美しいカラー図版が目に飛び込んできて、読者を魅惑の中世世界へと誘ってくれる。読んで良し、眺めて良し。子供の頃、誰もが夢中になった「図鑑」が、大人の楽しみとして戻ってきたようだ。
騎士や中世について、このように図版入りで紹介する本がなかったわけではない。そんな中で、本書の特徴をキーワード一つで表現するとするなら「イメージ」であろう。これまでにない試みとして本書は、中世に生きていた騎士そのものについてのみならず、現代に生き続ける「イメージとしての騎士」にも焦点を当てているのである。第四部「文化遺産」を開いてみよう。例えばテレビや映画に登場する騎士、有り体に言えば時代考証はメチャクチャで、真実の騎士の姿などまったく再現していないのだが、我々はその中になにがしか、我々が理解するところの「騎士道精神」を見出し、彼らの人生に自らを重ね合わせて深い感動を覚える。アーサー王やロビン・フッドの物語が、何度も繰り返し映画化されるのも、著者が指摘するとおり、騎士が「現代の公衆のディベイト(議論、意見の交換)を映す鏡として行動し得る」可能性を秘めているからであろう。騎士とは過去の遺物ではない、時代を超えた理念であるのだ。またスクリーンを見るだけでなく、実際に「騎士になる」手段も数々紹介されている。中世を疑似体験するフェスティバルや観光スポット。馬上トーナメントに出場する技量がなかったとしても、ロール・プレイングゲームに飛び込めば、中世をイメージした戦場で騎士として冒険に挑み、敵を倒してレベルを上げ、出世の階段を駆け上ることもできる。将来的にヴァーチャル・リアリティが進化すれば、騎士が感じたであろう槍の一突きの衝撃までも実体験することができるようになるという。騎士は現代に、我々のうちに蘇りつつあるのだ。
本書はまさにそのような現実を踏まえて構成されている。振り返って中世の騎士の実際を取り上げている第一〜三部を見ても、掲載される図版は必ずしも中世由来のものだけではないことに気づく。ルネサンス以降、特に中世が再発見された一九世紀の図版もさりげなく挟み込まれているのだ。この本を参考にして授業のレポートを書こうと思っている学生の皆さんは、要注意である。
光り輝く甲冑を身にまとって馬に乗り、冒険を求めて諸国をさすらい、弱きを助け強気を挫き、神と主君と婦人に忠誠を捧げる勇敢な美丈夫。「騎士」はそれが歴史的な役割を終えてすでに数世紀の時を経てなお、また騎士を先祖に持つことのない日本人の我々にとっても身近なものである。なぜこれほどまでに中世ヨーロッパの騎士は、全世界の憧れの的となっているのだろうか。その疑問に答える本がこれである。
しかし時代錯誤とも言える図版のこのような交錯は、中世という時代そして騎士の意義とは、その真実の姿だけではなく、現代まで受け継がれるイメージとしての騎士、理念としての騎士道にこそあるのだという、本書の明確なメッセージでもある。その意味で、歴史ファンのみならず、伝統がさらなる発展を遂げつつある現代文化に興味をもつ人々にも、是非手に取ってもらいたい書物であると言えよう。
(※掲載許諾済)