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近代ヒスパニック世界と文書ネットワーク
[編]吉江貴文
[体裁]A5判・398ページ
[定価]本体3,600円+税
[ISBN]978-4-86582-035-5
2019年4月
〈文書主義〉がスペイン植民地帝国を作り上げた原動力だった!
〈文書主義〉が、スペイン植民地帝国を作り上げた原動力だった――マドリードの王宮から、新大陸およびフィリピンの植民地最末端にいたるまで、二つの大洋をまたいで縦横に行き交った膨大な文書群をさまざまな角度から読み解き、スペイン帝国形成の原動力を究明。
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【本書より】
近代初期のスペイン帝国の統治原理は、文書主義の優越というイデオロギー―ここでいう「文書主義」は、対面的な口頭伝達よりも文書を介したコミュニケーションをより重視し、「文書への信頼」に基づいて人間関係の在り方や社会の仕組みを支えようとするメンタリティーを指すーによって支えられたものであった。アメリカ大陸の「発見」を契機として、海外征服・植民地化事業に乗り出したスペインは、そうした文書主義に支えられて成立した近代ヨーロッパ史上、最初の海外植民地帝国といえる。
スペイン帝国の統治機構においては、マドリード王宮の発する命令書簡からインディアス(新大陸およびフィリピンのスペイン領植民地)の最末端で作成された先住民請願書に至るまで、さまざまな文書が無数に行き交い、二つの大洋をまたいで縦横に横断することで、大陸間を接続する壮大な文書ネットワークが展開された。そうした広域ネットワークの網の目に沿って、植民地経営の実務を支えるヒトやモノ、情報の流れが構造化され、領域の隅々にまで拡張されることで、近代初期ヨーロッパにおいて類をみない規模の帝国を支えた統治機構の礎が整備されていったのである。
本書は、多面的かつ複雑な、スペイン帝国の文書主義の実態について、スペイン、ラテンアメリカ、アジア各地での実地調査を通じて史料分析の研鑽を積んだエキスパートたちの知見を総合し、中世までヨーロッパの一辺境にすぎなかったスペイン王国を世界規模の一大帝国へと押し上げた原動力について、文書研究の視座から究明することを主な目的とする。
【書評掲載】
▶『史學雑誌』第129編第7号(2020年7月20日発行)に書評が掲載されました(評者・宮﨑和夫氏)。
▶2019年11月23日付『図書新聞』に書評が掲載されました(評者・関哲行氏)。
序 「近代ヒスパニック世界と文書ネットワーク」の構想と課題(吉江貴文)
Ⅰ 文書循環サイクルの成立過程
1 スペイン帝国の植民地統治と文書 中央アメリカのチアパス地方王庫(1540-1549)を事例として(小原正)
2 スペイン帝国の文書ネットワーク・システムとフィリピン-インディアス総合文書館所蔵フィリピン総督文書の検討-(清水有子)
3 検索可能なアーカイブの構築-スペイン異端審問の文書管理-(坂本宏)
4 イエズス会のグローバルな文書ネットワーク・システム―スペイン領南米パラグアイ管区の「年報」を中心に―(武田和久)
Ⅱ 文書の物質的諸相
5 紙の上の集住化 イエズス会ペルー管区モホス地方の洗礼簿の分析(齋藤晃)
6 植民地都市ラパスにおける公証人の文書作成術と公証人マニュアルの影響(吉江貴文)
7 テンプル/聖ヨハネ騎士団カルチュレールと文書管理─生成・機能分化・時間─(足立孝)
Ⅲ 帝国周辺社会における文書ダイナミズムの実相
8 有力入植者と王権をつないだ文書:初期メキシコ植民地の事例から(横山和加子)
9 植民地時代メキシコ中央部の先住民村落における「権原証書(Títulos primordiales)」の作成と使用(井上幸孝)
10 先住民の文書利用―17世紀ペルー・ワマンガの公正証書の分析を通じて(溝田のぞみ)
11 スペイン領メキシコにおける簿記行為−シモン・バエスの帳簿を中心に(伏見岳志)
Ⅳ 研究者の集合知
12 「近代ヒスパニック世界における文書ネットワーク・システムの成立と展開」研究者の集合知の可視化の試み(中村雄祐)
付論・「集合知の可視化プロジェクト」に対する編者からのコメント(吉江貴文)
参考文献
【編著者】
吉江 貴文(よしえ・たかふみ):
広島市立大学国際学部准教授。専門は文化人類学、ラテンアメリカ地域研究。現在は、近代スペインを発信地とする公文書管理システムのラテンアメリカ地域への移植・変容・融合の史的プロセスについて文書論の視座から研究。主著に『テクストと人文学―知の土台を解剖する』(人文書院、2009、共著)、『アンデス世界―交渉と創造の力学』(世界思想社、2012、共著)など。
【執筆者】
足立 孝(あだち・たかし):
広島大学大学院文学研究科准教授。専門は歴史学、西欧中世史。イベリア半島およびフランス南部を中心とする、西地中海世界の社会経済史ならびに文書生成論をおもな研究対象とする。主著に Une critique génétique du compte seigneurial: idéal et réalite de
l'exploitation d'un domaine episcopal de Huesca au XIIIe siècle, Entre texte et histoire. Etudes d'histoire médiévale offertes au professeur Shoichi Sato, Paris, 2015, pp. 3-18;
Charters, Cartulary and Family Lineage Re-created: A Genetic Study of the Cathedral Archive of Huesca from the Twelfth to the Mid-Thirteenth Century, Configuration du texte en histoire,
Nagoya, 2012, pp. 95-107; Documents of Dispute Settlement in Eleventh-Century Aragón and Navarra: King's Tribunal and Compromise, Imago Temporis. Medium Aevum, no. 1, 2008, pp. 71-85.
井上 幸孝(いのうえ・ゆきたか):
専修大学文学部教授。専門は歴史学(メキシコ史・メソアメリカ史)。主に15~18世紀のメキシコ中央部の先住民社会を対象とし、先住民クロニカの歴史記述、ナワトル語圏の権原証書、クリオーリョの歴史記述などを研究している。主著に『自然環境と人間の世界誌―知的融合への試み』(専修大学出版局、2017年、共編著)、『メソアメリカを知るための58章』(明石書店、2014年、編著)、Indios,
mestizos y españoles. Interculturalidad e historiografía en la Nueva España (Universidad Autónoma Mtropolitana, México, 2007, 共著)など。
小原 正(おばら・ただし):
慶應義塾大学経済学部専任講師。専門は歴史学、メキシコ近世史。スペイン植民地支配下のメキシコ南部先住民社会が研究対象。先住民がスペイン政府に納めていた貢納品の流通と消費の分析を通じて、先住民社会とその外部との経済的関係を調査している。主著にLadinización sin mestizaje. Historia demográfica del Área Chiapaneca
1748-1813. Tuxtla Gutiérrez: Consejo Estatal para las Culturas y las Artes de Chiapas, 2010 、El arte de contar tributarios. Provincia de Chiapas, 1560-1821. México: El Colegio de
México, 2017 (Juan Pedro Viqueira Albanとの共著)、Cuenta de la Caja Real de Chiapas. 1540-1549. San Cristóbal de Las Casas: Universidad Autónoma de Chiapas, Instituto de Estudios Indígenas,
2016 (史料編纂)など。
齋藤 晃(さいとう・あきら):
国立民族学博物館人類文明誌研究部教授。専門は文化人類学、ラテンアメリカ研究。スペイン統治下の南米先住民の社会文化的変容の研究に従事する。
主著にReducciones: la concentración forzada de las poblaciones indígenas en el Virreinato del Perú(Fondo Editorial de la Pontificia Universidad Católica del Perú、2017、共編著)、Les outils de
la pensée: étude historique et comparative des « textes »(Éditions de la Maison des sciences de l’homme、2010、共編著)、Usos del documento y cambios sociales en la historia de
Bolivia(National Museum of Ethnology、2005、共編著)など。
坂本 宏(さかもと・ひろし):
中央大学経済学部准教授。専門は西洋史・スペイン史。近世スペインの宗教マイノリティ(コンベルソ)や神秘主義を研究対象としている。主著に「ベアータ研究の新しい潮流」(『人文研紀要(中央大学人文科学研究所)』80、2015年)、「フェリペ3世期の歴史学的見直し」(松原典子編『フェリペ3世のスペイン :
その歴史的意義と評価を考える』上智大学ヨーロッパ研究所研究叢書8、2015年)、「フアン・デ・アビラとその弟子集団-スペイン神秘主義史における聖人と異端者のあいだ」(『スペイン史研究』26、2012年)。
清水 有子(しみず・ゆうこ):
明治大学文学部准教授。専門は近世日本対外関係史。とくにスペインとの関係に着目し、織豊期の政治外交や鎖国の形成をめぐる諸問題を解明することを主たる研究課題にしている。主著に『近世日本とルソン―「鎖国」形成史再考ー』(東京堂出版、2012年)、「豊臣政権の神国宣言―伴天連追放令の基本的性格と秀吉の宗教政策を踏まえて―」(『歴史学研究』958、2017年)、「フェリペ2世の東アジア政策-スペイン帝国の海外情報収集と分析の特性-」(『洋学』25、2018年)など。
武田 和久(たけだ・かずひさ):
明治大学政治経済学部専任講師。専門は歴史学、ラテンアメリカ史、ラテンアメリカ地域研究。イエズス会を中心に下記テーマを研究する。(1)ラテンアメリカにおけるキリスト教布教の歴史、(2)アメリカ先住民に対するキリスト教布教の社会文化的インパクト、(3)キリスト教布教における軍事的側面。主著に「17-18世紀スペイン領南米ラプラタ地域のイエズス会布教区における銃器配備」(『国際武器移転史』(4)
2017)、“Los padrones de indios guaraníes de las misiones jesuíticas (1656-1801): análisis dinámico y comparativo desde la óptica de los cacicazgos,” Surandino Monográfico, (No. 1, 2016);
“The Jesuit-Guaraní Confraternity in the Spanish Missions of South America (1609–1767): A Global Religious Organization for the Colonial Integration of Amerindians,” Confraternitas, (No.
28 (1) 2017)など。
中村 雄祐(なかむら・ゆうすけ):
東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究専攻教授。読み書きに関する文理の基礎研究を踏まえつつ、文書という重要な文化資源を、調査研究の資料として、手段としての両面から研究している。主著に『生きるための読み書き ― 発展途上国のリテラシー問題』(みすず書房, 2009)、Yusuke, Nakamura, Suzuki Chikahiko,Masuda Katsuya &
Mima Hideki, ”Designing Research for Monitoring Humanities-based Interdisciplinary Studies: A Case of Cultural Resources Studies (Bunkashigengaku 文化資源学) in Japan,” (Journal of the Japanese
Association for Digital Humanities, 2(1), 2017), Tomomi, Kozaki & Nakamura Yusuke,”The Evolving Life Improvement Approach: From Home Taylorism to JICA Tsukuba, and Beyond,”
(Psychosociological Issues in Human Resource Management, 6(1), 2018)など
伏見 岳志(ふしみ・たけし):
慶應義塾大学商学部教授。専門はラテンアメリカ、大西洋、スペイン帝国の歴史。現在はスペイン帝国各地の会計文書と商業慣習行為、近世イベリア世界のユダヤ系コミュニティについて研究している。主著に『世界史のなかの女性たち』(勉誠出版、2015、共編著)、「海賊と先住民に悩まされるスペイン領ユカタン植民地」(島田竜登編著『1683年 近世世界の変容』山川出版社、2018)など。
溝田 のぞみ(みぞた・のぞみ):
同志社大学嘱託講師。専門はアンデス史。アンデス地域における植民地時代の先住民社会史に関心があり、特にペルー中部山岳地帯のワマンガ地方においてスペインから導入された文書システムや裁判制度、集住政策の先住民社会への影響を調査・研究対象としている。主著に「先住民証書のファイリングシステムの変遷―植民地時代ペルー・ワマンガの事例」(『ラテンアメリカ研究年報』32、2012年)、「訴訟制度のなかの先住民―
一七世紀ペルー・ワマンガ地方の三つの事例を通して」(染田秀藤、関雄二、網野徹哉編『アンデス世界―交渉と創造の力学―』、世界思想社、2012年)、Pervivencia y cambios de las reducciones en la región de Huamanga, siglo XVII. (Akira Saito y Claudia Rosas Lauro (eds.),
Reducciones: la concentración forzada de las poblaciones indígenas en el virreinato del Perú. Colección Estudios Andinos 21.
Lima: PUCP Fondo Editorial/ National Museum of Ethnology, 2017)など。
横山 和加子(よこやま・わかこ)
慶應義塾大学商学部教授。専門はメキシコの植民地時代で、植民都市の形成とその特徴、入植スペイン人の土着化と心性、先住民共同体の文化変容、植民地文化・芸術の萌芽と発展といった観点からの社会文化史研究。主著に『メキシコ先住民社会と教会建築:植民地期タラスコ地域の村落から』(慶應義塾大学出版会、2004)、「古文書が紡ぐ物語:フランシスカ・インファンテの結婚と転換期の植民地メキシコ」(清水透ほか編著『ラテンアメリカ出会いの形』慶應義塾大学出版会、2010)、Dos
Mundos y un destino. Cien Años de la encomienda de Juan Infante y sus herederos en la provincia novohispana de Michoacán, 1528-1628, (Morelia, Mich., Universidad Keio, UMSNH, Archivo
Histórico Municipal de Morelia, 2014)など。