【書評紹介】

 

図書新聞 2019年4月6日号(第3394号)

 

歴史のなかの「個人」に光を当てる―「貿易商人王」の特異な性格

小平慧  

 

 いわゆる大航海時代が始まった15世紀以降、ヨーロッパ各国はアジアやアフリカ、アメリカ大陸へと地球規模の航海を行い、勢力圏を拡大した。本書はそうした動きを推し進めた独占企業に着目し、各企業でとくに重要な役割を果たした六人の人物を扱う歴史ノンフィクションである。著者が「貿易商人王」と呼ぶ彼らの特異な性格がこの本の主題だ。

 たとえば第一章で取り上げられるのは、オランダ東インド会社のヤン・ピーテルスゾーン・クーンだ。1602年に設立されたこの「世界初の〈株式会社〉」は、17世紀に東南アジアとの香辛料貿易を独占し、政治的な力をも獲得した。「オランダ議会の名のもとに条約を締結することができ、戦争もしくは和平を宣言し、要塞建築や大砲を装備することができた。軍隊を雇い植民地をつくり、裁判をおこない法の制定をすることも、自身の通貨を発行することも」できたのだ。植民地総督となったクーンは特権を大いに行使し、現地住民を武力と拷問によって制圧し、敵対するイギリス商人との戦闘も辞さなかった。

 本書の射程は副題のとおり1900年前後にまで及ぶ。取り上げられる人物は、アラスカにおけるロシア人移住地を統括したアレクサンドル・アンドレーエヴィチ・バラノフや、マンハッタン島を中心とする植民地ニュー・ネーデルラントの総督を務めたオランダのピーテル・ストイフェサントなど、日本の学校科目としての「世界史」では馴染みの薄い人物がほとんどだ。例外はイギリスによるインド支配の基礎を築いたサー・ロバート・クライヴ、そして鉱業で成功したイギリスの植民地政治家セシル・ローズくらいだろう。

 そうは言っても、本書は歴史学の専門家のみに向けて書かれたものではなく、その素地をもたない読者も身構える必要はない。列強による諸地域の植民地化や、植民地政策が各地に残した爪痕。そういった世界史にかんする「常識」について、実際にいつ、だれが、何を行なったのかを描くことで、もう一段深く詳細な理解を与えてくれる。

 この間口の広さは、著者ボウンの手法や関心のあり方と無関係ではない。著者は自身のウェブサイトで、人物の「意思決定、行動、動機付け」に重きを置き、フィクション的なストーリーテリングを援用することを標榜している。これまで十冊にのぼる歴史ノンフィクションを著し、一部は邦訳も刊行されているが、「貿易商人王列伝」もまた歴史のなかの「個人」への関心が現れた一冊といえる。

 本書は登場人物をことさら英雄視したり、魅力あふれる人間として描こうとはしておらず、むしろ取り上げた六人に対して容赦のない評価をくだしている。たとえば先述のクーン。先住民族を人間扱いせず、奴隷化や殺戮を繰り返した彼は、「驚愕するほどの不人情や行為」を特徴とし、「人を支配し、おまけに金持ちになりた」がった人物と評価される。

 著者が人物の性格を表する言葉は、大づかみで直観的だ。第一章の冒頭に掲載されたクーンの肖像画は」次のように描写される。「小石のように固く輝」く目は「温かみ、寛大さ、人間味、あるいは思いやりをほのめかすことはない」。全体から醸し出される「ユーモアに欠けた傲慢さの印象」。提示される人物像はきわめて明解ではあるが、抽象的で繊細さを欠く部分があるのもたしかだ。

 しかしこの抽象性が乗り越えられている箇所もある。イギリスのハドソン湾会社の一員として北米に渡り、毛皮貿易を発展させたサー・ジョージ・シンプソンは、会社の細々とした支出にまで目を光らせた。彼の雑記帳には次のような書き込みすらあったという。「ソース類・ピクルス類を会社の会計で発注する必要なまったくない…わたし自身、国で魚用のソースなど使うことはないし、ソースを使っている者を見たこともない」。著者が「押しつけがましく人の感情を害するような傾向」と言って片付けるものには収まらない、諧謔のようなものがここにはある。

 あるいは、アフリカで植民地首相を務めたセシル・ローズのエピソードを挙げてもよい。「ときには暴力的な手段によって人びとから土地を奪」い、それでいて「自分が世界でおこなっていることはいいこと」だと信じた独善的な人物として描かれているローズだが、一方で大学に巨額の奨学資金を寄付し、受給資格としては、自分がもっていないような人徳に重きを置いたという。著者はこのエピソードにふれ、ローズは「自分のような人間に世界が侵食されるのを防ぎたかったのだろうか」というユニークな考察を加えている。人物への深い興味を呼び起こすこのようなエピソードや分析、想像力の飛躍こそ、グローバルな貿易企業の盛衰と共にあった「個人」に光を当てようという本書の試みにふさわしいものなのだ。(翻訳家)

 

*掲載許可済み